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猪名川町中部の神社をさんぽ 健康の為に神社を巡ろう!

猪名川町って不思議だ!
阪神間では珍しいと思うのだが、旧「字(あざ)」村にほぼ1カ所ずつ神社とお寺が存在する。

神社は日本古来の八百万の神を祀る「神道」の宗教観を元にして、聖徳太子が仏教を広めていた時も八百万の一つとして仏教を取り込んできたようだ。
神社の中に仏像をも祀ったりしながら、仏教が発展してきた経緯があるという。

明治政府ができた時、国学者の指導の元で神仏分離が謳われ、神社とお寺を明確に分ける政策、太政官布告「神仏判然令」により無形の八百万の神を祀る神社と、偶像崇拝のお寺は完全に分離すべきと、地域によっては過激な思想として廃仏毀釈運動となり、お寺や仏像が焼き討ちにあったという悲しい歴史もあったと聞く。

そんな時世を経たのに、旧中谷村と旧六瀬村が合併した猪名川町に、ほぼ旧字村のすべてに、私の調べでは合わせて31の神社と38のお寺が現存することが、他地区にはその状態があまり見受けられず、少なくとも私が地図上で探しても、近隣の川西市や宝塚市、伊丹市、三田市には見かけることが出来ない希少な地区ではないかと感じている。

さて今回の記事は、そのような神社を巡る機会を増やそうと思っている。

常々健康長寿の町を謳う猪名川町だからこそ、地域を楽しむ方法として、自宅周辺を毎夕ウォーキングする人に向けて、時にバスを使って町内の神社を巡るウォーキングツアーを楽しむコースは如何だろうか。

モデルルートを一つ考えてみたので試してほしい。
現在、猪名川町在住で、とある神社の現役の巫女とモデルとして働く菱井由記さんと共に廻ってみた。
ルートは旧六瀬村南部を中心とした歩きやすい歩道が続く約6.5㎞のコースである。

まずはどなたでも解り易い出発点として、阪急バスの日生中央駅から杉生行に乗車してみた。
紫合交差点を右折してゆうあいセンター前の旧道を通り、屏風岩や道の駅を横目に見ながら旧六瀬村に入る。

暫く進み目的地の「林田口」で下車する。運賃は440円で約20分で到着する。
川を隔ててメープル猪名川が見えるバス停からツアーを始めることとする。

<神社1> 最初に向かった神社はバス停から橋を渡って林田の八阪神社。

田圃の真ん中に立つ神明造りを模した本殿覆い屋の形と緑青色の銅板屋根が目を引く。
本殿は萱葺の流造で素戔嗚命を祀る。古くは大永2年(1522年)には記録に残る。
参道になる道路脇には、現在能勢浄瑠璃で有名だが、六瀬村と能勢間で交互に浄瑠璃太夫を交わしていた名残の「竹本中美太夫」の石碑が悠然と建立されている。

神社そのものは最近綺麗な覆い屋が再建されている上に、台風などで倒木対策にご神体木の整備もされている。
アプローチには社の目の前の鳥居が結界なのだが、神秘なエリアとして広く覆われていることを感じる。

バス停から八阪神社まで約400m

<神社2>バス停まで戻り次に向かう。

バス通りを引き返す方向に歩くと猪名川町自慢の自然が満喫できる「恵みの森」入り口を過ぎたところで脇に現れる杤原の八幡神社。
鳥居をくぐり階段を上ると広場となり、昔懐かしい鉄棒や子どもの遊具も今に残す。
鎮守の森と共に子ども達の遊び場である神社という旧態が今も残っていて懐かしい。

そこから今一度階段を上がり、目にする本殿覆い屋の軒下に狛犬が向かい合って座していてここまで間近は珍しい。
本殿は板葺き流造り。兵庫県指定重要文化財。
由緒は「ご祭神は応神天皇。延徳二年(1490年)杤原字岡辻に創建」とある。

八阪神社からバス停経由で八幡神社まで約1300m

<神社3>続いてバス通りを南下して、旭ケ丘住宅街へのバイパスとの
交差点の脇に入ると木間生の春日神社。

覆い屋の屋根正面には右三つ巴の神門があり、歴史上最初に登場する家紋として知られていて、公家、武家の家紋にも使われているという。
本殿は檜皮葺流造り、春日大明神を祀り、延宝7年(1679年)以前よりこの地に鎮座されていたらしい。
小さい村乍ら信仰の深さを感じる。
昔から宗教儀式が行われていたであろうこじんまりとした木立に囲まれた神社前の空間は、現在も焚火跡が残り、夏祭りなど儀式の日には
村民が集まっている形跡を残して、今日も木漏れ日が清々しい。

八幡神社から春日神社まで約730m。

春日神社を後にして、道の左に田圃を眺めながら南に下ると、町立ふるさと館があらわれる。

建物裏の芝生公園には川沿いに浅い水路があり、道中の暑さを和らげるために足を浸すことにした。

<神社4>次は木津上の八阪神社。

ここは天澤寺が隣接し、先に記した神仏判然令が顕著に表現されて、敷地が隣接している。
参道は鳥居を潜り、割拝殿と呼ばれる祭礼を行う舞台の下部中央に通路が設けられ本殿への参拝ルートとされる。杉生八阪神社同様、民族芸能の「練り込み」と言われる子ども歌舞伎が旧六瀬村を中心として行われていた名残が見て取れる。

本殿は?葺き流造り、素戔嗚命・応神天皇・大己貴命が祀られる。
寛永11年(1634年)本殿再建とあるので、それ以前に遷座されている。
明治以前は午頭神社であるが、由緒には八幡神社と出雲神社を合祀して現在に至るという。
ここも防災対策の例に漏れず、神体木を伐らざるを得なかった名残として、十数年前に成木の姿を覚えている人にとっては、目の前に空洞を残す約2mを超える切株の断面にはとても悲哀を感じる。

春日神社から八阪神社までは約980m。

その後、昼食をとるためにライヴハウス「UNCLE」さんへ。
高槻市から、マスターと同じ車改造が趣味で、古くからの常連客との会話も楽しんだ。

<神社5>腹ごなしも終わり、県道を南下。バイパスを少し外れると木津の八幡神社。

由緒では「ご祭神は応神天皇・比咩大伸・神功皇后。
弘化三年(1846年)石清水八幡宮祠を勧請。明治元年建立」とある。
近くに長宣寺もあり、明治元年の神仏分離令との関連を疑わざるを得なくもない。
本殿は銅板葺き八幡造り。こちらでも台風の影響を鑑みて、神社の大木も伐採を余儀なくされているようだ。

八阪神社から八幡神社まで直線で約1550m。

バイパスに戻って歩道を歩き出すと、道すがらに町内では有名な鶏肉の加工販売「中元かしわ店」がある。
駐車場側の小窓にはその場で揚げてくれる唐揚げやナゲットはすごく安い上、鶏肉が本当に美味しい。

店内では焼き鳥も販売していて、是非とも今朝捌いた肉を購入して、今晩の夕食には焼き鳥か鳥ステーキ、せせりのローストなどを食してもらいたいものだ。

<神社6>暫くすると最後の神社、万善の熊野神社に到着。

鎮守の森の入り口に鳥居が立ち、森自身が結界を体現する。
森の中に抱かれると、すぐそばの道の車の交通量の多さも気にならない
静寂感と本殿前の集会などに使われる高い木立に囲まれた広場には天蓋から降り注ぐ木漏れ日が時として神聖な神事や、子ども達の勉学の場や
遊びの場として利用される。
それこそ、木喰上人が居留して彫刻しながら説法を説いていた姿を容易に想像することができるのだ。

本殿は?葺き流造りで伊蒋諾尊・大山祗尊を祀る。
万善の地に金銀銅が多量産出していたので正保2年(1645年)同地に大山祗尊を祀り遷座したのが始まりという。

八幡神社から熊野神社まで約800m

いくつかの神社を巡りながら、今回は健康ウォーキングとしてルートを設定してみたが、歩くゴールとしては道の駅から日生中央に帰路につくことを目指した。

熊野神社からは道の駅までほぼ直線で約730m。

「道の駅いながわ」は、午後になると大人気の新鮮野菜はほぼ無くなるのだが、その他にも色々な品が店頭に並んでいる。

結構な距離のウォーキングで小腹の空いた腹具合には、かき餅や日本酒・ワインやドリップコーヒー、地元店舗のオリジナルパンや菓子などなど、帰りにぶら下げて帰るのにもちょうどいい。

今回の工程は是非試してもらいたいルートである。
次回は旧中谷村ルートか旧奥六瀬村か、楽しみにして頂けると、
私も嬉しい限りだ。

文/写真:arase

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PR企画事務所というデザイン事務所やってます。情報誌いながわベースの編集長デス(*^-^)ニコ